「震災障害者」カテゴリーアーカイブ

2012/08/21 東日本大震災の震災障害者70人に

以前の毎日新聞の報道で、東日本大震災で障害を負った人は42人とありましたが、その後の福島・岩手・宮城(仙台を除く)の調査で、少なくとも70人の震災障害者がいらっしゃる事が明らかになりました。

阪神大震災ではこの調査が行われるまでに15年の月日を要しました。阪神大震災で障害を負った当事者たちは今なお復興途上にいます。
東日本大震災では、当事者が復興から取り残される事のないよう、行政が連携し早急な調査と対応に取り組むよう望みます。

≪東日本大震災:福島「震災障害者」26人 避難生活原因が9割--県調査≫

 東日本大震災の影響で、身体に後遺症が出たり、悪化したりした「震災障害者」が福島県内で少なくとも26人いることが20日、県の調べで分かった。9割以上が持病の治療ができなくなったり車上生活を続けたりするなど過酷な避難生活が原因で、高齢者が約7割を占めた。宮城(36人)、岩手(8人)を含む被災3県で少なくとも計70人になるが、災害障害見舞金の受給者は計43人にとどまり、支給要件の緩和を求める声が上がっている。

 福島県が障害者手帳の申請時に提出された診断書から集計した。26人には障害の程度が悪化した3人を含んでいる。24人が原発周辺の双葉郡や南相馬市など「浜通り」の住民。障害の内訳は肢体不自由が12人で、残る14人は心臓・腎臓・呼吸器の機能障害だった。

 年齢別では65歳以上の高齢者が19人。障害の等級は最も重い「1級」が17人と最多だった。

 障害を負った理由は、津波や建物崩壊による「直接的理由」は2人にとどまり、大半は、震災後の避難生活に起因している。いわき市の高齢女性は車内での避難生活でエコノミークラス症候群になり、足を切断した。双葉郡の高齢男性は震災後の混乱で医療機関にかかれず持病の腎機能障害が悪化。人工透析が必要になった。

毎日新聞 2012年08月21日 東京朝刊


※旧ブログより転載(2014/04/29)

2012/07/28 大震災被災者 障害認定請求手続きを (大阪日日新聞)

 昨年3月11日に発生した東日本大震災から1年6カ月となる9月11日が近づいてきた。震災により障害を負った人の障害認定請求の始まる日と言え、社会保険労務士の井坂武史さん(34)=高槻市=は「障害年金を請求する重要な日になる」と位置付け、被災者らに呼び掛けている。

 大阪府内には、東日本大震災の避難住民1025人(7月5日現在)が親族、知人のもとや公営施設などに移住している。震災によって障害者となった人数は把握できていないが、震災のショックによる精神疾患も障害年金の対象になるという。

 障害年金の請求は、初診日から1年6カ月を経過した日で、障害認定日と定められている。カルテで初診日が確認でき、障害の状態に該当していれば、医師に診断書の作成を依頼し、障害年金の手続きをすることが可能だ。

 しかし、被災者の一部あるいは多くが体育館やテントで治療を受けており、カルテが残っていない可能性もある。カルテが残っていないケースは、物証や証言を集めて客観的に初診日を特定するしかないという。

 井坂さんは「客観的に初診日となる証拠や物証を手に入れ、障害年金の手続きをする必要がある。時間の経過とともに証拠をそろえたり、物証をそろえることが大変になる。一日も早く手続きをすることが必要」と話している。

2012年7月28日 大阪日日新聞


※旧ブログより転載(2014/04/29)

2012/01/19 阪神大震災での震災障害者の現状

阪神淡路大震災で障害を負った人の調査は、始まるまでに15年の月日がかかりました。しかし今も全容が明らかになっていないのが事実です。よろず相談室では、毎月、震災で障害を負った人とその家族が交流する「集い」の場を設けていますが、そこに集まる人はほんのわずか。多くの震災障害者が今も、孤立していると思われます。


≪「阪神」の伝言:大震災17年/5 震災障害者 窓口なく、募る孤独感≫

震災で脊髄を損傷し、手足が不自由になった野田正吉さん(右)。食事も妻の千代さんの介助が必要だ=兵庫県西宮市で、望月亮一撮影

 妻がスプーンですくったスープを、顔を近づけてゆっくりすする。野田正吉さん(64)=兵庫県西宮市=は千代さん(57)の介助なしでは食事ができない。

 「ドーン」。自宅アパートにトラックが突っ込んだと思ったほどの音で目覚めた。揺れが来た。隣に寝ていた当時13歳の長女和美さんに覆いかぶさる。家具が次々と背中に倒れる。洋服だんすで窓を割り、脱出した。

 「社長、まっすぐ歩けてないですよ」。経営する警備会社の社員に震災直後、声を掛けられた。1カ月後、歩行中に体がくるっと一回転した。

 脊髄(せきずい)を損傷し、首の骨がずれていた。「手術は無理」。医師が告げた。首から下の神経が徐々にまひしていく。湯船に入ろうとすると、手足の力が抜けて顔から落ち、何度もおぼれかけた。

 95年、震災の後遺症のことを相談するため市役所に電話をすると、窓口すらなかった。「震災障害者」の認識は、まだ行政になかった。兵庫県などの実態調査着手は震災15年後だ。

 翌年、出勤も不可能になり、会社を弟に譲る。しかし災害による障害への唯一の支援となる災害障害見舞金は両腕切断など要件が厳しく対象外。「こんな手なら切断してくれ」。医師に当たった。

 東日本大震災では岩手、宮城、福島、千葉4県で少なくとも42人が震災を理由に障害者手帳の交付を受けたことが毎日新聞の調べで分かった。

 震災障害者らが集うNPO法人「よろず相談室」(神戸市)副理事長で右足に後遺症が残る岡田一男さん(71)は「震災10カ月後は重傷者が退院する頃。孤立感を深めないためにも支援が必要で、実態把握が急務」と訴える。

 野田さんの折れかけた心を救ったのは新たな命。あの日、凶器と化した家具から背中でかばった和美さんが、00年に初孫美愛(みいあ)ちゃんを産んだ。幸せは、生きているからこそ感じることができる。そう実感した。

 17年を振り返り、東北に思いをはせる。「障害を相談する場もなく、見放されたようで孤独だった。東北では同じ思いをする人がいなくなるよう、仕組みを考えてほしい」【村上正】=つづく
 ◇震災障害者
兵庫県と神戸市の調査で、阪神大震災で心身に後遺症を負った人は少なくとも349人。重傷者1万683人に対して災害障害見舞金の支給は64人に限られ、要件緩和が課題だ。東日本大震災での支給も6人(昨年12月現在)にとどまる。

毎日新聞 2012年1月19日 大阪朝刊


※旧ブログより転載(2014/04/29)